反出生主義は正しすぎる? 反論できないほどの正しい思想なのか解説

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反出生主義は正しすぎる? 反論できないほどの正しい思想なのか解説
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反出生主義とは、

  • 生まれてきたくなかった
  • 生まれてこない方が良かった
  • 子供は産まない方がいい

という、新たな生命を誕生させることを否定する思想です。

一見すると過激な思想のように思えますが、その理由を聞いてみると

非反出生主義者

確かに言ってることは正しい

と思う人も少なくないようです。

今回は、反出生主義は正しすぎるのかと、それに対する反論について解説していきます。

反出生主義についての詳しい解説は、以下の記事を参照下さい。

目次

反出生主義は正しすぎるのか?

反出生主義とは、新たな生命を誕生させることを倫理的に正しくないとする思想です。

反出生主義を正しすぎると考える人の理由は、主に以下の4つに分けられます。

  • 苦しみや苦痛を無視できない
  • 幸福は保証されていない
  • 苦しみや不幸はその人の意志や努力ではコントロールできない
  • 出生は本人の同意なしに行われる

この4つに関して、1つずつ解説していきます。

苦しみや苦痛を無視できない

人生には、さまざまな苦しみが伴う可能性があります。

病気、事故、災害、戦争、貧困、いじめ、差別、孤独など、人生にはさまざまな苦しみが存在します。

また、病気や事故で、苦しみや不幸を経験する可能性もあります。

さらに、人生の目的や意味を見出せず、虚無感や絶望感に陥ることもあります。

このような苦痛を無視して新たな生命を誕生させることは、その生命に苦痛を負わせることと同義であると反出生主義者は主張します。

幸福は保証されていない

反出生主義者は、幸福は保証されていないと考えます。

人生には喜びや幸せもありますが、それらは必ずしも得られるとは限りません。

むしろ、苦痛や不幸の方が人生の大部分を占める可能性もあります。

したがって、新たな生命を誕生させることは、その生命に苦痛や不幸を負わせる可能性が高い倫理的に正しくない行為と考えています。

苦しみや不幸はその人の意志や努力ではコントロールできない

苦しみや不幸は、その人の意志や努力ではコントロールできない場合があります。

病気や怪我、天災など、予期せぬ出来事によって苦しみや不幸を経験する可能性があります。

また、本人の努力があっても、幸福になれないこともあるでしょう。

例えば、生まれながらにして以下のような可能性があります。

  • 障害を持って生まれてくる可能性もある
    • 障害によっては、日常生活に支障をきたすこともある
  • 貧困家庭に生まれてくる可能性もある
    • 貧困によって教育や医療へのアクセスが制限され、幸福を追求する機会が奪われることもある
  • 才能や能力に恵まれない可能性もある
    • 才能や能力に恵まれないと社会で成功するのが難しくなり、幸福を追求するのが難しくなることもある

苦しみは人生の必然であり、その人の意志や努力ではコントロールできないとすると、新たな生命の誕生は無意味な行為であると反出生主義者は主張します。

出生は本人の同意なしに行われる

人は、生まれてくるかどうかを自分で決めることができません。

生まれてくるかどうかは、本人の意思とは関係なく、親の意思で決定されます。

反出生主義者たちは、本人の同意なしに、苦しみや不幸の可能性を伴う人生を送らせることには問題があると考えます。

反出生主義に対する反論

ここまでの解説を見て、反出生主義ではない人も、

非反出生主義者

確かに言ってることは正しいかな

と思うかも知れません。

反出生主義は、一見すると正しいように思えます。

「苦しみや苦痛を無視できない」に対する反論

反出生主義者は、苦痛は存在するしその苦痛は重く、その苦痛を無視することはできないと主張します。

これに対して反出生主義ではない人は、苦痛は確かに存在するが苦痛を無視する必要はない、むしろ苦痛に向き合うことでその苦痛を克服できる可能性があると主張します。

例えば、貧困や飢餓などの苦痛は、確かに存在します。

しかし、これらの苦痛を無視するのではなく、貧困や飢餓の原因を解決し苦しむ人を助けることで、その苦痛を減らすことができます。

また、病気や事故などの苦痛は、誰にでも起こり得るものです。

しかし、これらの苦痛を無視するのではなく、病気や事故に備え、万が一に備えることでその苦痛を軽減することができます。

このように、苦痛は存在しますが苦痛を無視するのではなく、苦痛に向き合うことでその苦痛を克服できる可能性があると主張します。

「幸福は保証されていない」に対する反論

この思想に対する反論は、幸福は保証されていなくてもその可能性は十分にあるというものです。

幸福は、遺伝や環境などさまざまな要因によって影響されます。

しかし、それらの要因はコントロールできないとしても、幸福を追求することは可能です。

例えば、反出生主義者は幸福は遺伝や環境によって決まってしまうため、出産によって幸福な子供が生まれる可能性は低いと主張することがあります。

しかし、これは必ずしも正しいとは限りません。

遺伝や環境の影響は確かに大きいですが、それ以外の要因によっても幸福は左右されます。

例えば、教育や社会環境などによって、幸福の可能性を高めることは可能です。

「苦しみや不幸はその人の意志や努力ではコントロールできない」に対する反論

反出生主義者は、苦しみや不幸はその人の意志や努力ではコントロールできないと主張します。

しかし、反出生主義ではない人は、苦しみや不幸はある程度はコントロールできると考えます。

苦しみや不幸の原因は、さまざまなものがあります。

しかし、その原因の多くは、本人の努力や選択によって改善することができます。

例えば、病気や事故などの身体的な苦しみは、医療や福祉などの制度やサービスによって軽減することができます。

また、人間関係のトラブルや仕事や学業での不満などの精神的な苦しみは、コミュニケーションや対人スキルの向上によって改善することができます。

もちろん、苦しみや不幸を完全にコントロールすることはできません。

しかし、ある程度はコントロールすることで、より良い人生を送ることができるのです。

「出生は本人の同意なしに行われる」に対する反論

出生に関しては、仮に同意の有無を問うことが正しいとしても、出生前に同意を取ることは不可能であるという反論もあります。

出生は親の行為によって行われるものであり、本人の意思とは関係なく行われます。

そのため、本人の同意を得ることは、実質的に不可能であるという反論があります。

また、仮に同意を取ることができたとしても、それは本人の自由意志に基づく同意ではないという反論もあります。

本人はまだ存在していないため、同意をする能力がありません。

そのため、同意は親の意思によって強制されたものであり、本人の自由意志に基づく同意ではないという反論もあります。

この世の不幸や苦痛を完全に避けるには生まれないこと

反出生主義の基本的な考え方は、以下の2つになります。

  • 人生には必ず苦しみや不幸が伴う。
  • 苦しみや不幸を完全に避けるためには、生まれないことである。

反出生主義者は、人生には必ず苦しみや不幸が伴うという点に重きを置いています。

苦しみや不幸には、肉体的な苦痛、精神的な苦痛、経済的な苦痛、社会的・政治的な苦痛など、さまざまな形があります。

例えば、病気、怪我、事故、災害、戦争、貧困、差別、抑圧などによって、人は苦しみや不幸を経験する。

反出生主義者は、これらの苦しみや不幸を完全に避けることは不可能であると考えています。

たとえ最善の努力をしても、苦しみや不幸がゼロになることはありません。

そのため、苦しみや不幸を完全に避けるためには、生まれないことが唯一の方法であると考えるのである。

反出生主義は正しいのになぜ非難されるのか?

先ほどの反論を見て、

非反出生主義者

言いたいことは分かるけど、やっぱり反出生主義の主張も間違いじゃないよな。

と思う人もいるでしょう。

それでは、なぜ反出生主義を非難する人がいるのでしょうか?

それには、いくつかの理由が挙げられます。

悲観主義的すぎる

反出生主義は、人生は苦痛と不幸の源であると主張しています。

しかし、人生には喜びや幸せも存在します。

人生の苦しみと不幸を軽減するために、新しい生命の創造を控える必要があるという主張は、人生の肯定的な側面を無視していると批判されます。

現実逃避

反出生主義は、現実の問題を直視しない逃避的な考え方であると批判されます。

反出生主義は、人生には苦しみや不幸が伴うため、新たな生命を生み出すことは不道徳であると主張します。

しかし、現実の問題を解決することで、人生の苦しみや不幸を減らすことができると考える人もいます。

これらの人々は、反出生主義の考え方は現実の問題を直視しない、逃避的な考え方であると批判します。

人間の存在の価値を否定している

反出生主義は、人間の存在は苦しみや不幸を伴うものであるという前提に立っています。

しかし、人間の存在には苦しみや不幸だけでなく、喜びや幸福も存在します。

人間の存在の価値を否定することは、人間の喜びや幸福も否定することになります。

生殖機能があるのにそれを否定するのはおかしい

当たり前ですが、生物が繁殖するのは生殖機能があるからです。

そして、それが違法ではないのなら、それを否定するのはおかしいということです。

人間のできる行為でも、犯罪行為であれば違法となりますが、子供をつくることを違法とする国はありません(中国の一人っ子政策など、制限する法律や施策はあり)

そのため、子供をつくることを否定するのはおかしいということです。

Twitterの反出生主義が「正しすぎる」「正しい」に関する意見やエピソードのまとめ

ここでは、Twitterから引用した反出生主義が「正しすぎる」「正しい」に関する意見やエピソードをご紹介します。

正しすぎて反論の余地がない

感情論ではなく、主張を聞くだけなら正しすぎると思う人は多いようです。

正しいとは思うが子供をつくる人はその思想を知っておくべき

生まれる前から、生まれてくる子供の人生が過酷なものと分かっているなら、子供をつくるのはやめた方がいいということでしょうか。

どちらが正しいとか間違ってるとか議論するべきじゃない

出生主義者と反出生主義者は、どちらが正しいかを押し付けるような議論はするべきじゃない、ということですね。

反出生主義が正しいと証明するような出来事ばかり

これは2024年1月1日に発生した、能登半島地震の翌日のツイートですね。

地震のことを指しているかは分かりませんが、苦しいことが続くと「反出生主義が正しい」と思う人が増えそうです。

倫理的には正しいけど実現は不可能

正しいか間違っているかと、実現できるかどうかは別問題ですね。

まとめ:反出生主義は正しいと言う意見は多いが、実現はほぼ不可能

今回は、反出生主義が正しすぎるのかについて、解説してきました。

反出生主義は、子どもを産むことの倫理的な是非について考える上で、重要な視点を与えてくれるものです。

しかし、それを現実の行動に移すことは、容易ではありません。

反出生主義の考えに賛同する人は、子どもを産むことのリスクとメリットを十分に理解した上で、慎重な判断をするようにしましょう。

以上になります。

反出生主義は正しすぎる? 反論できないほどの正しい思想なのか解説

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