反出生主義は反論できても論破はできない正しすぎる理論なのか?

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反出生主義は反論できても論破はできない正しすぎる理論なのか?
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反出生主義とは、

  • 生まれてきたくなかった
  • 生まれてこない方が良かった
  • 子供は産まない方がいい

という、新たな生命を誕生させることを否定する思想です。

これだけを見たら、反論や否定をしたくなる人はいると思います。

しかし、その考え方に対して、

論破したいけどできない・・・

と言う意見もあります。

今回は、反出生主義の考え方は否定・論破できるのかについて、Twitterの引用を交えながら解説していきます。

反出生主義についての詳しい解説は、以下の記事を参照下さい。

目次

反出生主義に対する否定や反論

反出生主義とは、人間の誕生を否定する思想です。

反出生主義者は、人間の誕生は苦しみや不幸の原因になるため、それを未然に防ぐためには誰も生まれてこないほうが良いと主張します。

まずは、その反出生主義に対する、一般的な反論や否定をご紹介します。

人生には喜びや幸福もある

人生には、苦しみや不幸だけではなく、喜びや幸福もたくさんあります。

愛する人との出会い、仕事の成功、旅行や趣味の楽しみなど、人生にはさまざまな喜びや幸福が存在します。

苦しみや不幸は、人生の一部である

人生には、喜びや幸福だけでなく、苦しみや不幸も必ず存在します。

そして苦しみや不幸を避けることはできませんが、それを乗り越えることで、人は成長してより豊かな人生を送ることができると言えます。

苦しみや不幸は、個人の選択によって軽減できる

苦しみや不幸の原因はさまざまなものがありますが、その多くは個人の選択によって変えることができます。

例えば、仕事や人間関係で苦しんでいる人は環境を変えたり、考え方を変えたりすることで、苦しみや不幸を軽減することができます。

反出生主義は、個人の自由を侵害する

反出生主義は、誰も生まれてこないほうが良いと主張しますが、それは個人の自由を侵害するものです。

人は自分の人生をどのように生きるかを、自由に選択する権利を持っています。

反出生主義に対する否定や反論に対する反出生主義者の反論

反論に対する反論ということでちょっとややこしいですが、今度は先ほどの反論に対する反出生主義者側の反論を解説します。

「人生には喜びや幸福もある」に対する反論

人生には喜びや幸福も存在しますが、その確率は苦しみや不幸に比べて低いと考えられています。

したがって、子供を生むことで喜びや幸福を経験できる可能性はありますが、同時に苦しみや不幸を経験する可能性も高くなります。

そして、人生には必ず苦痛や不幸が起こります。

それは、避けられない事実だと思います。

「苦しみや不幸は、人生の一部である」に対する反論

「苦しみや不幸は、人生の一部である」という主張は、苦しみや不幸の発生確率や重さを軽視していると考えられています。

苦しみや不幸は人生の一部ではありますが、それは必ずしも発生するわけではありません。

また、発生した場合でもその程度や期間はさまざまです。

そして、ある人にとっては軽度の苦しみや不幸しか経験しないかも知れませんが、一生涯にわたって深刻な苦しみや不幸を経験するかも知れません。

その可能性があるにも関わらず「人生の一部」と言って子供を産むのは、良くないことだという事です。

「苦しみや不幸は、個人の選択によって軽減できる」に対する反論

苦しみや不幸は、ときには人生を台無しにするほど深刻なものになることがあります。

例えば、戦争や犯罪は、深刻な苦しみや不幸をもたらします。

また、病気や障害は、人生を大きく制限することがあります。

反出生主義者は、苦しみや不幸の発生確率や深刻さを考慮すると、生まれてから不幸を発生させないために努力するよりも、そもそも産まないほうが良いと主張します。

「反出生主義は、個人の自由を侵害する」に対する反論

個人の自由を侵害するのではなく、個人の自由を守るものです。 

子供を産むことは個人の自由の一つですが、その自由には責任が伴います。

子供を産むことで、子供に苦しみや不幸をもたらす可能性もあるということを個人は認識し、責任を負うべきだと反出生主義者は主張します。

Twitterの反出生主義の「論破」に関する意見やエピソードのまとめ

ここまで反出生主義に対する反論と、その反論に対する反出生主義者の反論を書いてきましたが、まだピンとこない人がいるかも知れません。

そこで、Twitterから引用した反出生主義の「論破」に関する意見やエピソードをご紹介します。

反出生主義が論破されてるところを見たことがない

反出生主義の考え方として、

  • 人生には苦痛や不幸がある
  • 苦痛や不幸を発生させない唯一の方法は、子供を産まないこと

というのがありますが、この内容に関しては反論の余地はないかも知れません。

反出生主義を感情面で否定はできるけど論理的に論破はできない

反出生主義に対する否定は、基本的には感情面になることが多いです。

例えば、

  • 人生は素晴らしいものだ!
    • 苦痛や不幸もあることは確実
  • 人生の喜びや楽しみを否定するネガティブな思想だ!
    • これから生まれる命に苦痛や不幸を経験させないための優しい思想
  • それでは人類は滅亡してしまう!
    • 苦痛や不幸を経験する人をこれ以上増やさない為だから、それでいい。

などなど。

「苦痛や不幸を0にする」という考えに対しては、論理的には反論することは難しいでしょう。

論破しようとしたことがあるけどできなかった

ここに挙げられているような内容に対しては、以下のように反論することは難しいでしょう。

  • 産まれる前に子供に許可をとる必要がある
    • 不可能
  • 無許可で他人に苦痛を与えることはするべきではない
    • 「そんなことはない」とは言えない
  • 産まれると必ず苦痛を感じる
    • 人生において苦痛を感じない可能性は0に等しい

反出生主義は無敵の理論

やはり論破は難しいようです。

反出生主義者に対する論破を一言で論破

感情論に対しては、この一言で全て片付けられてしまうかも知れません。

反出生主義者を完全論破

反出生主義を論破する唯一の理論が、これかなぁと思います。

反出生主義は、苦痛や不幸の総数を減らすのが目的なので、

  1. 人類が子供を産まなくなる
  2. 残された人類がどんどん高齢化していく
  3. 高齢化した人たちの生活を支える人がいなくなる
  4. 残った高齢者の苦痛や不幸が増す

となり、「苦痛や不幸が増す人が発生してしまう」ということです。

まとめ:反出生主義を論破するのは難しい

今回は、反出生主義を論破できるのかについて、解説してきました。

「子供は産まない方が良い」と言われたら、子供が欲しい人は反論したくなるでしょうし、行き着く先が人類の滅亡なら否定したい人もいると思います。

しかし、論理的に論破するのは難しい思想なのかも知れません。

以上になります。

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